2025.06.09
疾患コラム浸潤がんとフコイダン|再発や転移を不安に感じている方へ、新しい可能性

「治療しても、がんが再発するかもしれない」「転移したらどうしよう」——
そんな不安を抱えていませんか?
近年、がん細胞が転移しやすくなったり、薬が効きにくくなったりする背景に、
「EMT(上皮間葉転換)」と呼ばれるがん細胞の性質の変化が深く関係していることがわかってきました。
この記事では、EMTの仕組みをわかりやすく解説しながら、
海藻由来の天然成分「フコイダン」がもつ可能性について、医師の視点からご紹介します。
EMTとは何か?
私たちの体には、皮膚や口の中、胃や腸の内側など、体の表面や臓器の内側をおおう「上皮」と呼ばれる部分があります。
この「上皮」を構成しているのが「上皮細胞」です。
上皮細胞は、隣同士でしっかり結びつき、一定の場所にとどまって外からの刺激や異物から体を守る役割を担っています。
しかし、がん細胞に「EMT(上皮間葉転換)」と呼ばれる変化が起こると、細胞同士の結びつきがゆるくなり、まるで自由に動き回る細胞(間葉系細胞)のような性質に変わります。
「EMT」は英語で “Epithelial-Mesenchymal Transition” の略で、上皮細胞が間葉系細胞へと“転換”することを意味しています。
この変化によって、がん細胞は次のような特徴を持つようになります。
- 体の壁(基底膜)を突き破って、周りの組織へ広がる(浸潤)
- 血管やリンパ管に入り込んで、遠くの臓器まで移動する(転移)
- 抗がん剤が効きにくくなる(薬剤耐性)
- がん幹細胞のように、再発や転移の原因となる“しぶとさ”を持つ
このように、EMTが起こることで、がんはより悪性化し、治療も難しくなってしまいます。
EMTが関与する代表的ながん:スキルス胃がんとトリプルネガティブ乳がん
スキルス胃がんやトリプルネガティブ乳がん(TNBC)は、進行が早く、浸潤や転移が起こりやすい悪性度の高いがんとされています。
これらのがんの細胞を詳しく調べると、EMTに関係するさまざまな物質が通常よりも多く作られていることがわかってきました。
たとえば、以下のような物質が目立って増えていることが確認されています。
- ビメンチン(Vimentin):細胞の形を変えて動きやすくするタンパク質
- N-カドヘリン(N-cadherin):細胞の結びつきをゆるめ、バラバラにしやすくする分子
- Twist / Snail / Slug:EMTを引き起こす「スイッチ役」の転写因子(遺伝子の調整役)
このようなEMT関連の物質が多く作られていることで、がん細胞が動きやすくなったり、治療に対する反応が悪くなったりして、再発や転移のリスクが高まると考えられています。
・スキルス胃がんにおける EMT マーカー
High expression of vimentin and N-cadherin predicts poor prognosis in diffuse-type (scirrhous) gastric cancer. Gastric Cancer. 2018
・スキルス胃がん:EMT転写因子 Snail/Slug の関与
Snail and Slug promote epithelial-mesenchymal transition and chemoresistance in diffuse gastric carcinoma cells. Scientific Reports. 2018
・TNBC における EMT マーカーの網羅解析
Epithelial-mesenchymal transition gene signature predicts resistance to therapy and poor outcome in triple-negative breast cancer. Clinical Cancer Research. 2013
・TNBC:Vimentin/N-cadherin 高発現の臨床的意義
High vimentin and N-cadherin expression is associated with metastasis and shorter survival in triple-negative breast cancer. BMC Cancer. 2018
フコイダンの可能性
このように、スキルス胃がんやTNBCでは、EMTに関わる物質が多く作られており、がんが広がりやすく、治療の効果も得られにくくなっています。
そのため、がんの進行を抑える上で、「EMTを食い止める」ことは非常に重要なポイントになります。
EMTを抑えるためには、がん細胞がEMTを引き起こす際に使っている「スイッチ」や「信号の通り道」に働きかける必要があります。これが、いわゆる「作用経路」です。
そこで私が注目しているのが、「中分子フコイダン」です。
フコイダンは、モズクやメカブなどに含まれる“ぬめり成分”の一種で、自然由来の多糖類として知られており、これまでにもさまざまな健康効果が報告されてきました。
その中でも「中分子フコイダン」は、体への吸収効率とフコイダン特有の立体構造をバランスよく両立している点が特徴で、“理想的なフコイダン”ではないかと注目を集めています。
では実際に、この中分子フコイダンがEMTを抑えるうえで、どのような部分に働きかけると考えられているのか、代表的な作用経路を見てみましょう。
作用経路 | フコイダンに期待される働き |
---|---|
TGF-β経路 | EMTの引き金となるTGF-β1の発現を抑え、細胞内のシグナル伝達(Smad経路)をブロックする |
PI3K/Akt経路 | 細胞の増殖や移動に関わるAktの働きを抑えて、EMTの誘導因子Snailの発現を低下させる |
NF-κB経路 | 炎症やがんの進行に関わる転写因子NF-κBの活性を抑える |
E-cadherinの回復 | EMTによって失われがちな細胞接着分子E-cadherinを回復させ、上皮の性質を保つ |
・TGF-β/Smad 経路
Fucoidan elevates microRNA-29b to regulate DNMT3B-MTSS1 axis and inhibit EMT in HCC cells.
Carcinogenesis. 2015
実際の診療現場から
私の診療経験においても、乳がん(HER2陽性でトリプルネガティブに近い性質)やスキルス胃がんの患者さんに中分子フコイダンを併用したところ、抗がん剤の効き方が明らかに改善されたように感じられる例を複数経験しています。
例えば、術前化学療法に併用して中分子フコイダンを使用した乳がんの症例では、原発巣とリンパ節転移が完全に消失した例もあり、中分子フコイダンによるEMT抑制が、治療効果に好影響を及ぼしていた可能性があると感じています。
医師としての考え
EMTは、がんの「生き残り戦略」とも言える現象です。
この仕組みによって、がん細胞は本来の性質を変え、周囲の組織にしみ込むように広がったり、血液やリンパの流れに乗って転移したりする力を手に入れます。また、薬に対しても鈍感になり、薬剤耐性を獲得します。
そこに自然由来で安全性の高い中分子フコイダンが、TGF-βやNF-κBなどを通じてEMTそのものに働きかけることができるとすれば、それは非常に魅力的な補完療法となり得ます。
すべての患者さんに同じ結果が出るわけではありませんが、治療抵抗性のがんに対する一つの新しい光として、私はフコイダンのEMT抑制作用に大きな可能性を感じています。今後のさらなる研究の進展に期待したいと思います。