2021.07.26
ドクターズコラム固形がんの進展に「低酸素」と「ミトコンドリアの機能抑制」が関与する可能性|日置院長の研究論文が国際医学誌に掲載
「なぜ同じような遺伝子変異を持つ細胞でも、多くは排除される一方で、ごく一部だけが生き残って“がん”として進展していくのか?」
がん研究の核心として、長年問い続けられてきたテーマがあります。
このたび、当院院長・日置正人医学博士の研究論文が、国際医学誌 Medical Hypotheses(Elsevier) に査読プロセスを経て正式掲載されました。
論文では、固形がんにおいて一部の細胞が生存・進展する現象に関して、腫瘍内で広く見られる“低酸素環境”が引き金となって、ミトコンドリアの機能が抑制され、アポトーシス(細胞死)を回避しやすい状態が生じ得るというメカニズムを仮説として提唱しています。
今後、がんの治療抵抗性や腫瘍内不均一性の理解を深め、将来の治療法開発に向けた研究の指針となることが期待されます。
本記事では、本論文が提示する二つの仮説と、そこから見えてくる研究・臨床上の意義を、要点を絞ってわかりやすく解説します。
目次
研究の背景
従来、がんの発生・進展は遺伝子変異や細胞内シグナル異常を中心に説明されてきました。
しかし実際には、同様の遺伝子変異を獲得した細胞でも、多くはアポトーシス(細胞死)などで排除される一方、ごく一部だけが生き残り、腫瘍として進展します。
「なぜ同じ変異を持つ細胞であっても、その運命が分かれるのか?」
この問いは、がん研究における重要な未解決課題の一つです。
日置院長はこれまで、老化を「ミトコンドリアの機能低下」と「二酸化炭素(CO₂)代謝の衰え」が連鎖する現象として捉える「エイジングスパイラル理論※」を提唱してきました。
本論文では、その発想をがん研究に応用し、一部の変異細胞が進展していく現象を、ミトコンドリアの機能抑制と腫瘍内低酸素環境の相互作用という視点から捉え直す理論仮説へと展開しています。
論文タイトル:
The Aging Spiral Hypothesis: Mitochondrial Decline, CO₂ Regulation, and the Metabolic Collapse of Aging.
掲載誌:Medical Hypotheses(Elsevier)
著者:日置正人
公開日:2025年11月11日
DOI:https://doi.org/10.1016/j.mehy.2025.111817
本論文が提示する二つの仮説
本論文では、二つの仮説を組み合わせた概念的モデルを提示することで、遺伝子変異だけでは説明が困難であったがん細胞の運命分岐を、より立体的に理解する道筋を示しています。
第一の仮説:低酸素下でのミトコンドリア機能抑制
低酸素環境下では、がん細胞のミトコンドリア機能が抑制され、アポトーシスを起こしにくい状態が生じ得る。
第二の仮説:低酸素ニッチによる選択的生存
腫瘍内で生じる異常な血管新生によって低酸素ニッチが形成され、ミトコンドリアのアポトーシス機能などが抑制された「死ににくい細胞」が、選択的に生存・維持される可能性がある。
二つの仮説を組み合わせると何が見えるか
本論文では、「低酸素によるミトコンドリアの機能抑制」と「低酸素ニッチという腫瘍内環境」の組み合わせによって、腫瘍発生(initiation)後に進展段階(progression)へ移行できる細胞が“選別される”過程を、概念モデルとして整理しています。
今後の展望|研究・臨床上の意義
本研究は、基礎研究の進展に留まらず、将来的ながん治療方法の開発にも大きな影響を与える可能性を秘めています。学術的および臨床的な意義は、主に以下の3点に集約されます。
- 新たながん進行モデルの提示:遺伝子変異、微小環境(低酸素)、ミトコンドリア機能抑制の3要素を統合し、固形がんの進展をより立体的に理解できる概念的モデルを提示
- 治療抵抗性のメカニズム解明への貢献:低酸素環境下で抗がん剤が効きにくい理由を、「ミトコンドリア・サイレンシングによるアポトーシス回避」という観点から整理
- 新しい治療法の示唆:「低酸素ニッチ」を標的とする介入や、ミトコンドリア機能の回復を通じてアポトーシス誘導を目指すアプローチなど、今後の検証・開発の方向性を示唆
論文著者・日置正人院長のコメント
がんの進展がなぜ起こるのかは、いまだに完全には解明されていません。
とくに、「同じような遺伝子変異を持つ細胞の多くが排除される一方で、なぜ一部だけが生き残って進展していくのか」という問いは長年の未解決課題であり、がん研究の核心の一つだと感じています。
私は、アポトーシスを最終的に実行する“ミトコンドリアの働き”に注目しました。
その機能が抑えられてしまえば、がん細胞は死ににくくなります。では、その抑制はどのような条件で起こり得るのか。
検討を進める中で辿り着いたのが、腫瘍内で広く見られる低酸素という環境でした。
本仮説の妥当性が検証によって裏付けられれば、固形がんの進展や治療抵抗性の背景を捉え直せる可能性を秘めています。今後、さらなる検証が進み、未来の治療法開発の礎となることを願っています。
掲載論文について
Hypoxia-induced mitochondrial silencing as a proposed third axis of apoptosis control in solid tumors: a dual hypothesis linking initiation–promotion transition to hypoxic niche maintenance
掲載誌:Medical Hypotheses(Elsevier)
著者:日置正人
公開日:2026年1月19日
DOI:https://doi.org/10.1016/j.mehy.2026.111887
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